チェック柄のミニスカート、青い透けニット、厚底のブーツ。原宿でも渋谷でも、この夏よく見かける組み合わせだ。着ているのは10代から20代前半。彼女たちの多くは、この服が「新しい」と思って着ている。だが実のところ、それは20年以上前——平成の真ん中あたりに一度流行った格好だ。生まれてもいない時代の空気を、いま若い世代がまとっている。

Forbes JAPANは2026年下半期の若者トレンドとして「平成レトロと韓国カルチャーの融合」を挙げ、SHIBUYA109 lab.の予測でも、少女漫画的なヘアやメイク、キラキラした小物といった「平成女児」的要素への注目が続くとされている。一過性のリバイバルではなく、数年かけて定着しつつある大きな流れだ。

なぜ、自分が知らない時代に惹かれるのか

ここが面白いところで、いま平成レトロを楽しんでいる中心層は、平成の全盛期をリアルタイムでは知らない。つまりこれは「懐かしさ」ではない。懐かしめない時代を、資料集のように新鮮な目で発掘している。彼らにとって平成のギャルカルチャーやガラケーの絵文字は、祖父母世代にとっての昭和歌謡と同じ、touchできる異世界なのだ。

TONEはここに、いまの若者特有の感覚を見る。すべてが検索すれば出てくる時代に育った世代にとって、「自分が体験していない過去」は数少ない未踏の地だ。未来はどこか予測可能で、宇宙的な新しさは手が届かない。だとすれば、一番刺激的な"新大陸"は、案外すぐ後ろ——ほんの少し前の過去にある。

ローライズデニムとロゴを効かせたY2Kストリートスタイル
ロゴ主張、ローライズ、小さめバッグ。平成の記号は、いまや洗練の合図だ。

韓国というフィルターを通って戻ってきた

もうひとつ見落とせないのが、韓国カルチャーの存在だ。今回の平成レトロは、当時のまま復活したわけではない。K-POPアイドルや韓国のフォトブース(人生四コマ)を経由し、いったん洗練されてから日本に逆輸入されている。だから同じチェックのミニでも、当時よりずっと計算された、"あえて"の抜け感がある。

これはPRの視点でも示唆的だ。古いものをそのまま出しても刺さらない。一度別の文脈をくぐらせ、いまの感性で編集し直したとき、過去は最新のトレンドに化ける。リバイバルとは、コピーではなく翻訳の作業なのだ。

過去を着ることは、安心を着ること

最後にひとつ。なぜ「前を向いた新しさ」ではなく、後ろを向いた新しさが選ばれるのか。TONEは、これを不安の裏返しだと考えている。先行きの見えない時代には、まだ結末を知っている過去のほうが安全に思える。平成という「もう終わったと分かっている物語」は、その意味で心地よい。過去を着ることは、少しだけ安心を着ることなのかもしれない。

だからこのブームは、単なるファッションの循環ではない。いまを生きる若い世代が、どこに足場を求めているかの表明でもある。次に街で厚底ブーツを見かけたら、流行としてだけでなく、そんな心の動きごと眺めてみてほしい。

参考: 2026年下半期の若者トレンド予測に関する報道。
出典:Forbes JAPAN「平成レトロと韓国が融合する2026年下半期の若者トレンド予測」 / SHIBUYA109 lab.「トレンド予測2026」