9月に入って最初の買い物で、レジの数字に一瞬だけ手が止まった人は少なくないと思う。カゴの中身はいつもとほぼ同じ。なのに合計が、先月の記憶より少しだけ上を指している。棚に戻ってよく見ると、しょうゆも、だしパックも、マヨネーズも、値札が貼り替わっていた。派手な告知はない。ただ静かに、台所の基礎工事の費用が上がっている。
9月は4923品目。今年いちばん大きな値上げの月
日本経済新聞が報じた帝国データバンクの調査によると、2026年9月に値上げされる飲食料品は4923品目にのぼり、今年の月別ではもっとも多い。前年同月のおよそ3倍で、単月では2023年4月以来、3年5カ月ぶりの多さだという。理由として挙がっているのは、原油高、円安、人件費、物流費。そして品目の内訳でいちばん多かったのが、しょうゆ・みそ・ドレッシング・だし・酢といった調味料で、1959品目を占めた。
9月の食品値上げは4923品目で今年最多。前年同月比で約3倍、調味料が最多となった。(編集部による要約)
出典:日本経済新聞「9月の食品値上げ3倍の4923品目 3年5カ月ぶりの多さ、調味料最多」(2026年8月31日)
上がったのが「調味料」であることの意味
肉や卵が上がると、その日の一食の値段が上がる。だが調味料が上がると、これからつくるほぼすべての料理のコストが、少しずつ底上げされる。自炊は、食費を抑えるための王道の手段とされてきた。その前提には「材料さえ買えば、味つけはうちにあるもので済む」という暗黙の了解があった。その"うちにあるもの"の値段が動いている。作れば作るほど差が乗っていく構造になると、「自炊すれば安い」という等式は、以前ほど自動的には成り立たない。
博報堂生活総合研究所の「食に関する生活者調査2026」は、この数年で「手料理」と呼ぶ範囲が広がっていることを示している。バターを塗ったパンを手料理とみなす人が27.9%、温めた冷凍食品は40.7%。完全栄養食を「食事代わり」にする人は67.6%まで増えた。「料理の手間を減らして別のことに時間を使いたい」という考えに賛成する人は81.5%。生活総研はこの流れを「おふくろの味から、ふくろ(袋)の味へ」と表現している。
「手料理」とみなす範囲が拡大(温めた冷凍食品40.7%など)。完全栄養食を「食事代わり」にする人は67.6%、「料理の手間を減らして別のことに時間を使う」に賛成が81.5%。生活総研は「おふくろの味から、ふくろの味へ」と表現。(数値は編集部による要約)
出典:博報堂生活総合研究所「『食に関する生活者調査2026』に関する結果を発表」(2026年)
値上げは、この方向を押し戻すのではなく、むしろ後押しする。丁寧に一からつくることが必ずしも得ではなくなったとき、人は罪悪感なく簡便な選択に寄っていく。「ちゃんと自炊しなきゃ」というプレッシャーから降りる口実を、物価が用意してしまった側面すらある。
守りに入る家計と、好きな一皿に出す財布は、同じ人のもの
ただ、これは「みんなが食に興味を失う」という話ではない。日々の総菜や調味料はできるだけ安く済ませる一方で、週末に食べたい一杯や、好きな店の味には迷わず出す——その二つは、別々の人ではなく、同じ人の中で同居している。守るところと、味わうところ。値上げの月は、その線引きを一人ひとりの台所に、いつもより早く迫ってくる。
次にスーパーで貼り替わった値札を見つけたら、「何が高くなったか」だけでなく「自分は何を手間として残し、何を手放したか」を思い返してみてほしい。そこに、2026年のあなたの食のかたちが、わりと正直に出ている。