定時になると、パソコンを閉じて、まっすぐ帰る。頼まれた仕事はきちんとこなすけれど、それ以上は背負い込まない。昇進のために手を挙げることも、休日に仕事のことを考えることもしない。そんな働き方が、いま「静かな退職」と呼ばれている。会社は辞めていないのに、心のどこかで静かに"退職"している——そんな距離の取り方だ。
アメリカのTikTokから、日本の職場へ
この言葉は、もともと海外から来た。英語の「Quiet Quitting」がその原型で、2022年にアメリカのキャリアコーチがTikTokで発信したことをきっかけに世界へ広まったとされる。日本でも「静かな退職」「がんばりすぎない働き方」として定着し、マイナビが2026年に公表した調査は、この姿勢が特定の世代に限らず、幅広い層に広がっていることを示している。
参考: 「静かな退職」の広がりに関する調査・解説。
出典:マイナビキャリアリサーチLab「正社員の静かな退職に関する調査2026年(2025年実績)」 / 『日本の人事部』「静かな退職(Quiet Quitting)とは」
興味深いのは、この現象が「名前がついてから」急に見えるようになったことだ。定時で帰る人も、無理をしない人も、昔からいた。けれど「静かな退職」という言葉が与えられた瞬間に、それは個人のサボりではなく、時代の姿勢として語れるものになった。名前は、ばらばらだった行動をひとつの流れに束ねる。
怠けているのではなく、線を引き直している
TONEは、これを「やる気の低下」と片づけたくない。静かな退職の本質は、労働への意欲が消えたことではなく、仕事と自分のあいだに引く境界線を、自分の手で引き直したことにあると思う。会社にすべてを捧げるのが当たり前だった時代の線を、いったん消して、引き直している。
背景には、パンデミック以降の価値観の変化があると指摘されている。働く場所や時間が揺らいだ数年を経て、多くの人が「仕事は人生の一部であって、全部ではない」と体で理解した。TONEがこれまで見てきた「苦労キャンセル」も「あえて非効率」も、根っこは同じだ。どうでもいい消耗を手放して、大事な時間を守る。その選別が、いまは働き方にまで及んでいる。
静けさの下で、問われているもの
もちろん、静かな退職には副作用もある。線を引きすぎれば、成長の機会や、仕事から得られる手応えまで一緒に手放してしまうかもしれない。そこは人によって、時期によって、揺れて当然だ。
それでも、この言葉が広く共有されたこと自体に意味がある。「もっとがんばれ」でも「もう辞めろ」でもない、その中間に、静かに立ち止まる場所があると、みんなが気づいた。働き方の正解が一つではなくなった時代の、これはひとつの静かな返事なのだ。